【あいうえおぶせ】か号 かぐさっか【家具作家】
【家具作家】小布施町・中町
日々の生活のなかで必ず手にふれる家具。暮らしを豊かに彩るインテリアの主役です。
そんな家具を手がける地として小布施町を選び、世界でひとつの注文家具を製作する、古川喜啓さんを訪ねました。
小布施に魅力を感じ
注文家具の製作拠点に
小布施の中心部、中町の交差点を北東へ。「おぶせミュージアム」やクラフト作家のギャラリーなどが建ち並ぶ観音通り(通称・ギヤマン通り)は、町のアートが集結するエリアです。その一角にあるのが「Art&Craftよしのや」。家具作家 古川喜啓さんが手がける木製家具のショールームです。蔵造りの重厚な扉を開けると、古川さんが製作したシンプルで洗練されたフォルムのオリジナル家具をはじめ、奥様と選んだ作家ものの器や生活雑貨、木のおもちゃなどがずらり。薪ストーブが備えられた店内には暖かい空気が漂い、木のぬくもりと相まって穏やかな雰囲気に満ちています。
古川さんが家具職人になったのは29年前。もともと手作業と音楽が好きで、東京でミュージシャンをめざしながらテレビ局の舞台美術を担当していましたが、20代後半で地元・須坂市に帰郷。舞台美術で培った技術を生かして市内の注文家具屋で3年間働き、1991年に独立しました。工房として選んだのは、小布施町内の浄光寺近くの元牛舎。大きな設備を置けるスペースがあり、作業中に音を出しても近隣の迷惑にならないことを考えたのだそう。改装は自らの手で行いました。
「小布施は北斎が逗留していたという魅力もあるし、まちのサイズがコンパクトでいいですね。大きな都市だと人のつながりは強くなりませんが、人口1万人弱の小布施は良くも悪くもお互いがわかるのがいいんですよ。それに、住んでいる方も、おもしろい人が多いですしね」
屋号の「よしのや 」は、かつて祖父が営んでいた建具屋と祖母が始めた家業の魚屋の名称がいずれも「よしのや」だったことから名付けました。独立後、縁あって小布施町内の穀平味噌ギャラリーで個展を行うと、その丁寧な創作家具は瞬く間に評判に。こうして軌道に乗り、1999年には現在のショールームをオープンしました。今ではインターネットからの依頼を中心に、3カ月待ちということもあるほど、注文家具のオーダーが続々と入っています。
インターネットから生まれる
信頼関係の背景にあるもの
そんな古川さんが製作する家具は基本的に和洋問いませんが、北欧スタイルのデザイン家具。
「若い頃は金具が付いた和家具のデザインが好きでしたが、年とともにシンプルで細部が凝っている北欧家具が好きになってきましたね」
現在は、北は北海道から南は屋久島、さらに海外はニューヨークからも注文が入ります。いずれも従来の知り合いではなく、9割ほどは「Art&Craftよしのや」のホームページを見ての依頼。メールのみのやりとりでの製作も多いものの、そこにも温かみを感じるのが古川さんの仕事。ホームページをのぞくと、機能美とぬくもりが両立したデザインの作品が並び、これまで製作した家具の詳細や完成までのエピソードが丁寧に記されていて、古川さんの実直な人柄が伝わってきます。さらに、コンテンツの中にはライフワークとしてほかの木工作家の工房を訪ねてレポートするページも。これは自らの勉強も含めて同業者に向けて書いているそうで、そんなところからも古川さんが楽しみながらも真摯に仕事に向き合っている様子を感じ取ることができます。
快適な暮らしのために作り手と使い手がお互いを信頼し、大量生産では作り出せない、ただひとつのものを製作する注文家具。それは決して安いものではなく、これまで知らない相手にメールのみでオーダーするのは大きな不安も伴います。しかし、「この人に頼んでみたいな」という気持ちを掻き立てられるワクワク感が「Art&Craftよしのや」のホームページには溢れています。そして、毎日の暮らしのなかで使うテーブルや椅子、空間にストーリーが生まれる楽しみも、古川さんの注文家具からは感じ取ることができます。
公募展での受賞が
家具の使い手の喜びに
そんな古川さんが「最近のお気に入り」と挙げるのが、「リトチェア」。
東京在住のリトちゃんという女の子の名前を拝借したこの椅子、かつてリトちゃんのご両親のオーダーで小学校の入学時に作った学習机をきっかけに、リトちゃんの成長とともに、その後中学進学に合わせて製作した椅子です。無駄を削ぎ落としたシンプルなデザインで、蒸気で曲げた背もたれが体を心地よく包みます。
「個人的に好きなのは椅子の製作です。デザインも難しく、安定性や安全性も考慮しないといけない難しさもありますが、作っていて楽しんですよね」
そうした椅子のなかでも、最近多く注文が入るのが、玄関の狭いスペースで靴を着脱するのに便利なサポートスツール「玄関椅子」。朝日新聞社主催「第6回暮らしの中の木の椅子展」に入選した作品で、なんと、年間50脚ほども製作しているのだとか。来年1月には「東京ミッドタウン」で展示も行われます。「こうした公募展にはこれからも積極的に応募したい」と話す古川さん。
「例えばブランドものの洋服を着ていると、それだけで誰かに言いたくなるように、僕が賞を取ると家具をオーダーしてくれたお客さんが喜んでくれるんですよね。そのためにも公募展で数多く受賞したいんです」
そんな職人魂もまた、古川さんが作り出す家具の魅力。この熱い想いから唯一無二の魅力をもった家具が生まれています。