「人の心に寄り添う酒造りを目指して」ー江戸時代から続く「松葉屋本店」が探る、町にひらいた酒蔵のあり方
「酒は人をつなぐ」という信念を持ち、江戸時代から「人の心に寄り添う酒造り」を目指し続けている酒蔵が、小布施町にあります。
江戸時代に創業し、「北信流」や「本吉乃川」といった銘柄で知られる老舗酒蔵・松葉屋本店。歴史を感じさせる蔵やレンガ造りの煙突が立ち並ぶ敷地は、自由に散策できるよう開放されています。近隣には200年以上の歴史を誇る栗菓子店、遠方からも客足が絶えない洋菓子店、佇まいも美しい懐石料理店などが軒を連ね、周遊する観光客の姿も多く見られます。
小布施バーチャル町民会議では、「人をつなぐ酒蔵へ」をテーマに、この地に店を構える蔵元として、「人をつなぐ」新たな可能性を探ります。現社長の市川博之さんは14代目。歴史ある酒蔵の経営哲学、そしてこれからの松葉屋本店が目指す姿を伺いました。
良いことも悪いことも繰り返し続いてきた歴史
松葉屋本店は、江戸時代に長野県中野市で創業した酒蔵です。江戸時代には真田家が治めた松代藩御用達の酒蔵として、大八車に酒樽を載せ、30kmもの道のりを運んだと言います。明治期に小布施町に移転してからも変わらず酒造りに携わってきました。
市川さん 明治に中野騒動っていう一揆があってね。それから小布施に引っ越してきたんだよ。この蔵自体はうちが建てたんじゃなくて、もともと酒蔵だったところが、四年連続で腐造になって、当時の持ち主が夜逃げをして、それでうちが後から入ったわけ。うちのご先祖様には放蕩息子がいて、芸者街で借金を作ってね。次男とお父さんが、「このままではだめだ」って長男と縁を切って、一からやりなおすぞってこの土地を買ったのが、小布施でのうちの歴史の始まりってわけ。古いところはそれなりの歴史があって、良くなったり没落したりを繰り返して、結果として現代まで続いてきた。
現社長の市川博之さんは14代目。22歳で松葉屋本店に入り、32歳で社長となり、20年以上小布施での歴史を築いてきました。しかし、家業を継いだ当時は「自分の代で終わりにしよう」と思っていたそうです。
市川さん 親父に「早く仕事を覚えないと苦労するから」って言われて、結構早いうちから仕事を継いだんだよ。酒造りより経営に興味があって、酒事業だけじゃなくていろんなことに挑戦したいと思っていたね。正直、日本酒には魅力を感じていなかった。組織って、始めるより閉じる方が大変だから、自分の代で整理して閉じるつもりで酒の世界に入ったんだよ。
変化が絶えない世の中にいかについていくか
しかし、会社を継いで酒の世界に入り込むうちに、市川さんの中で酒造りへのイメージが変化していきます。
市川さん 時代の流れの中で日本酒の立ち位置が変わってきたんだよね。自分が若い頃は、日本酒にいいイメージがなかったし、海外に輸出するだなんて想像すらしていなかった。
でもここ数年で、日本酒に価値を見出す人が国内外に増えてきた。例えば、アメリカにある有名なワイン産地のナパバレーに行くと、そこのワイナリーのオーナーたちが日本の酒造りをリスペクトしてる。素直に日本酒のことを「いいね」って思ってる若い人も出てきた。
市川さんが会社に入った頃、酒類の取り扱いの規制緩和が起こり、酒業界は激動の時代でした。酒蔵は基本的に地域密着型の商売。既存の販売先が強く、「とにかくいいお酒さえ作れば売れる」業態だった酒蔵ほど、転換が難しかったと振り返ります。
市川さん 基本的に酒蔵って閉鎖的なんだよね。現場も、販売も、自分たちの仕事を変えたくないんですよ。だから、新しいことはあんまりやりたがらない。その当時若かった自分から見たら、明らかにどんどん時代遅れになっているにも関わらず、周りの人は変化を受け入れてくれなかった。もう戦うしかなかったですよ。
一度は会社を辞める瀬戸際までいったという市川さんですが、ただトップダウン的に上から変化を迫るのではなく、共通の課題を見つけて解決策を探ることや、実際に成果を出して理解してもらうことで徐々に変革を進めてきました。
市川さん どれだけ「こういうお酒を作りたい」っていう想いがあっても、最終的にはお客さんがどう判断するか。新しく作ったものが売れたら、「この方向性で正しかったんだ、じゃあこの道で行こう」となる。逆に、自分たちがいいと思ったものが売れなかったら、「これは違うんだな」って自分たちの間違えを認めてすぐ切り替える。その繰り返し。これだけスピードが早い世の中になってくると、瞬時に判断していかないといけない。
その中でも、一番大きい変化となったのが近年のコロナ禍でした。通常であれば、5%以内でしか売り上げの変化がないと言われている食品業界で、会社の売り上げが半分まで落ちる大打撃を受けます。
コロナ禍で改めて酒の魅力に気づく
市川さん 一生に一度くらいは、戦時下みたいな体験をすることもあるのかなと思っていたら、それが2年も3年も続くからね。予定調和がもうあてにならなくなってしまった。初めは自分の代で会社を閉じるつもりで継いだけれど、自分の人生を費やして、設備投資をして、ブランド価値を上げて、会社を続ける方向でマネジメントをしてきた。それをコロナのせいで閉じざるを得なくなるのはもったいないと思ったんだ。
自粛が続く中だからこそ、市川さんは改めて酒の力を感じるようになりました。今回のテーマでもある「人をつなぐ酒蔵へ」は、コロナ禍を経て改めて生まれた松葉屋本店の目指す姿です。
市川さん 酒は、人と人とが深く関わる手助けをしてくれる。普段距離がある人も、飲み会一つでぐっと距離が縮まって、昔からの知り合いのように腹を割って話せることもあるでしょう。ただ食事するだけでは話がしづらいことも、酒の力を借りれば一気に関係が深まる。もちろん、借りすぎてしまうことはよくないんだけど。でも、「ちょっと言い過ぎたかも」って後から反省するとかね、お酒の席に失敗はつきものだからこそ、謙虚になれるんですよ。お互いを受け入れられるようになる。
さらに、交友のある湯布院の旅館の方に言われた「私たちは、来てくれた人をおもてなしとして歓迎することができる。でも、お酒はいいよね、持っていけるよね」という言葉からも市川さんは気づきを得ました。
市川さん お酒は、外に出れない状況でもお客さんに届けることができる。小布施に来たことがない人でも、想いを伝えることができる。それは自分たちにとって当たり前だったから、そこが魅力だなんて気づいていなかった。やっぱり自分たちの立ち位置って自分では気づけない。だからそういう風に人から言われて初めてわかることがある。だから、もっとオープンに外の人と関わりたいんです。
町とともに生きる酒蔵であること
「オープンであること」は、小布施町全体のキーワードでもあります。美術館や博物館、歴史あるお店が軒を連ね、個人宅の庭が町に開かれている小布施。松葉屋本店も、蔵見学を行なったり、煉瓦造りの煙突がある中庭を解放し、回遊路を作ったりと町に開いてきました。
市川さん 小布施にはもともと、「御庭御免」っていう庭を通り抜けて近道する文化があってね。うちの蔵も、10年くらい前から自由に人が通り抜けできるように解放したんだよ。真ん中にある煙突はもう使っていないから取り壊す予定だったんだけど、通る人たちが「小布施にこんな立派な煙突があったの?」って喜んで写真を撮っていくようになって。自分たちじゃこの場所の持つ価値に気づけなかった。お客さんたちに教えてもらうことが多いね。
初めは「防犯的に大丈夫なのか」と懸念の声もあったという敷地の開放。しかし、実際に行なってみたら、ゴミを置いていく人もおらず、溜まり場になることもなく、地元の人から観光客までが「こんにちは、通らせてもらいます」と交わる気持ちのいい空間が生まれました。
市川さん 小布施町の一番いいところは、「こうなればいいよね」を実現できる規模感だということ。小さい町だからこそ、どんどん社会実験をすることで見えることがある。そうやって、みんなで地域の未来を考えて町を作ってきた。
自分たちだけではなく、みんなが潤えば小布施はもっといい町になる
今回、小布施バーチャル町民会議で探るのは、酒造りの時期以外は使われていない酒蔵の活用法。さらに町にひらいた酒蔵を目指します。栗菓子屋さんの「桜井甘精堂」に「塩屋櫻井」、洋菓子屋の「ロント」、懐石料理屋の「鈴花」など、軒を連ねる近隣のお店も巻き込んで、一緒に町を盛り上げたいと市川さんは語ります。
市川さん 酒蔵+何かをやっていきたんだけど、「+」の部分が僕らには思いつかない。
自分は、酒蔵の息子として生まれて酒蔵のオーナーになった。だから、自分の目では見えない部分がどうしてもあるんですよ。全く関係ない人が入ってきたときに、「こうすればいいじゃん、どうしてやらないの?」とかね、そういう率直な意見がほしい。この酒蔵をどうするか、そういう目線で見て欲しいですね。それぞれの参加者が松葉屋本店のオーナーになった気持ちで、この町での酒蔵のあり方を一緒に考えていけたら。
自分たちだけが儲かるのではなく、みんなが潤ってもっと賑やかな地域になれば、きっともっといい町になる。若者の酒離れや新型コロナウイルス感染症の拡大など、日本酒業界は厳しい現実にさらされていますが、そんななかでも「酒は人をつなぐ」という信念をもち、酒造りを続けてきた松葉屋本店。
この町に店を構える蔵元として、酒造りにとどまらず、できることがあるはず。酒蔵や回遊小径、周辺の個性的な店など、そこにある資源を活かし、酒蔵として「人をつなぐ」新たな可能性を市川さんと一緒に探りませんか?
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写真:小林直博
聞き手・執筆:風音 (https://lit.link/funem)