「北斎の魅力をもっと広い世代に届けたい」ー北斎館が探る美術館のあり方
「富嶽三十六景」を筆頭に、世界的な人気を誇る画家・葛飾北斎。自ら「画狂人」と名乗った北斎が晩年を過ごした町が、長野県にあることをご存知ですか?
北斎の愛した町、長野県小布施町。1976年に開館した「北斎館」には北斎の作品が収蔵・展示されています。小布施観光の中心地となってきた北斎館が、開館50年の節目に向けて、新たな挑戦を始めています。
小布施バーチャル町民会議では、「アートをもっと身近に」をテーマに、北斎館の新たな魅力の発信を探ります。今回は、北斎館事務局長の塩澤耕平さんに、北斎館に関わることになった経緯、そしてこれからの北斎館が目指す姿について伺いました。
画狂人・北斎の世界へようこそ
長野県、小布施町。当時の豪農商に招かれて、80代半ばでこの町を訪れた北斎は、合計四度小布施に滞在し、禅宗の古刹である岩松院の天井画をはじめ、多くの作品を描きました。北斎館では、北斎が遺した貴重な肉筆画・版画作品を収蔵、展示しています。
塩澤さん 北斎は90年の生涯で美人画・花鳥画・風景画など多くの作品を残しています。館内には、北斎の肉品画や版画などの作品が展示されており、青年期〜老年期にかけた画業の変遷が伺えます。また、北斎が天井画を描いた地元の祭り屋台も二基収蔵されています。北斎の手がけた立体物は非常に貴重なんですよ。
1976年に開館し、小布施観光の中心地となってきた北斎館。コロナ前は、フランスなどヨーロッパを始め海外からの北斎ファンでも賑わっていました。そんな北斎館の事務局長を務めるのが、塩澤耕平さんです。
塩澤さん 2017年から小布施に関わるようになり、縁あって2022年の1月から北斎館の事務局長に就任しました。美術館としての事業計画の策定や、売店やECサイトの商品開発や運営、人事などを幅広く担当しています。
塩澤さんは、長野県の駒ヶ根市出身。進学を機に上京したのち長野県にUターン。「長野県出身だが、小布施町のことは全く知らなかった」と振り返る塩澤さんが、どうして北斎館に関わるようになっていったのでしょうか。
「このままふらっと流された働き方でいいのかな」
進学を機に18歳で上京した塩澤さんは、大学卒業後は関東の大手通信会社に就職しました。しかし次第に、このままの働き方でいいのか悩むようになり、宮城県石巻市で復興支援の事業を行っている医療系ITど真ん中のベンチャー企業に転職しました。
塩澤さん 年功序列が比較的強い構造や、辞令によっては希望する分野から外れてしまう、そんなコントロールが難しいキャリアでいいのかなと疑問を持つようになったんです。働く環境を変えて満足していましたが、30歳を前に、生き方を見つめ直すことになりました。
それまでは、どれだけ労働集約してクオリティの高い仕事をするか、キャリア志向な環境にいた塩澤さん。石巻で暮らすうちに、「はまぐり堂」というお気に入りのカフェができ、店主と語らううちに「ライフスタイル」に目を向けるようになったのです。
塩澤さん 自分の残りの人生をどう使うか考えた時に、「地域で暮らしたい」と思ったんです。自分も、地元の駒ヶ根に帰ってカフェを作ろうと思い、29歳の時にベンチャー企業からの退職を決意しました。ですが、地元の父親から「帰ってくるな」と言われてしまいまして……。駒ヶ根でカフェを開く計画は一度白紙になり、そこからはフリーランスとしてふらふらといろんな事業に携わるようになりました。
ノリでつけた名前が、北斎館と縁をつないだ
在職中から、長野での開業に向け様々なコミュニティに顔を出していた塩澤さんは、小布施町で「小布施若者会議」というプログラムを企画していたメンバーと知り合いました。その後、石巻のカフェ「はまぐり堂」の店主が長野に遊びに来ることになり、「最近知り合った人が小布施で色々やってるみたいだよ」と小布施に同行することにしたのです。
塩澤さん 当時はまさか自分が小布施に住むことになるとは思っていませんでしたね。それまで、小布施のことすら知りませんでしたから。初めて小布施に訪れた時も、北斎や建築には興味がなかったので、特になんの印象もありませんでした。町というより、若者会議の企画メンバーが頑張っているところに惹かれてやってきたのです。そこから、だんだん自分のやるべきことがわかってきて、北斎や建築の魅力にも気づき、それが小布施とマッチしてきた感じですね。
こうして、2017年の2月に小布施若者会議に参加した塩澤さん。小布施の町にデザイナーやエンジニアなどのクリエイターをどう呼び込むかというプロジェクトで、岩松院の横にあるおぶせ交流館にコワーキングスペースを立ち上げました。同年10月には地域おこし協力隊となりました。
塩澤さん チームメンバーと話して、そのコワーキングスペースに「ハウスホクサイ」という名前をつけたんです。当時は北斎のことをよく知らなかったので、「小布施といえば北斎でしょ」くらいのノリで。いやぁ、今だったらそんなこと怖くてできませんね(笑)でも、名付けってすごいなと思います。これがきっかけで、のちに北斎館との関わりが生まれたんです。
北斎の作品は知れば知るほどポテンシャルがある
「ハウスホクサイ」の運営、地域おこし協力隊の業務の他に、収入の軸を作ろうとECサイト立ち上げのコンサルティング事業を始めた塩澤さん。初めは東京の仕事を請け負っていましたが、コロナ禍の影響により、小布施の企業からも声がかかるようになりました。
塩澤 「ハウスホクサイ」を運営していた関係で、北斎館から「『ホクサイ』って名前も共通してるし、若者向けの企画を手伝って欲しい」と声がかかったんです。当初、ナイトミュージアムなどの企画を考えましたが、その先の運営が難しいことから、継続して利益が出せるネットショップはどうかと自分から声をかけさせてもらい、運営に入るようになりました。
こうして次第に北斎館との関係が深まってきた塩澤さん。北斎館の副館長が退職するタイミングで、「外からではなく、中に入ってやってみるのもいいんじゃないか」と声がかかります。
塩澤さん 正直、引き受けるかは悩みました。当時ECコンサルの事業が軌道にのってきて、場所を固定しないで働ける上に、ある程度の収入があったんです。内部に入るということは、場所も縛られるし時間の制約も生まれる。なにより、未経験の分野で成果がちゃんと出せるのか不安でした。
葛藤していた塩澤さんが参画を決める後押しとなったのは、北斎の作品の持つポテンシャルでした。
塩澤さん 北斎の作品は、もともと興味があったわけではなかったんですよ。でも、北斎館に関わるうちに北斎のことを知り、その魅力をより感じるようになりました。北斎は作品の点数も多いし、幅も広い。そして、波はスマホの絵文字のモチーフになるほど人気が高いのに、まだ世に知られていない部分も多いんです。大英博物館の北斎展では、晩年の作品にスポットが当たっていました。北斎館には、晩年の肉筆画が多数あります。どれも非常にエネルギーがある。自分が関わることで、北斎の作品の持つポテンシャルをより引き出せるかも知れない。小布施にもっと人が来るプロジェクトを仕掛けていきたいと思い、事務局長になることを決めました。
フレッシュな目線で北斎の魅力を見つけて欲しい
そんな塩澤さんが、今回バーチャル町民会議のテーマに掲げるのは「アートをもっと身近に」。北斎館開館50年の節目に向けて、さらなる挑戦を始めます。
塩澤さん 北斎の作品には、まだまだいろんな可能性があります。現在、北斎館のメインの客層は、他の日本美術の博物館と同じように年齢層が高めです。もちろん、既存の大事なお客様を大切にする施策も行っていくのですが、これまで美術館に興味がなかった若い人たちにも、北斎やアートを身近に感じてもらいたいんです。
塩澤さんは現在、北斎館に隣接した新しいアートギャラリー「ガラリ」の建設プロジェクトを進めています。「ガラリ」は、カフェとアートギャラリーを併設したスペース。カフェを目指してきたお客さんが、ついでに北斎館にも足を運ぶような導線としての役割を果たすことも目指しています。
塩澤さん 「ガラリ」の構想は、2021年の冬ごろから形になり始めました。『美術館に行こう』となると、どうしてもハードルが高い。ふらっとおしゃれなカフェに来たついでに、作品に触れて、そこから北斎館にも興味を持ってもらえたらと思っています。ギャラリースペースには、小布施のアーティスト、クラフト作家による、品質の高い作品を厳選して展示販売します。また、若手伝統工芸作家やアーティストとコラボした、北斎をオマージュした作品も展示販売する予定です。
そうした取り組みの中で、自分たちだけでプロジェクトを進めていくには限界を感じているという塩澤さん。バーチャル町民会議の参加者募集にあたり、どういった方に参加してほしいかを伺うと、「伝える・届けることに興味がある人に来てほしいです」とお答えくださいました。
塩澤さん ガラリの内容はある程度固まってきていますが、その魅力をどう伝えて、実際に若い人たちに興味を持ってもらえるかを考えるところまで手が回らずに悩んでいるんです。いいコンテンツを作ることは大事ですが、そこをどう届けていくか、新しい取り組みの魅力をどう伝えるかもとても大事ですよね。北斎、そして北斎館の持つ魅力を多くの人にどうやって伝えていくかを、僕たちと一緒に考えて欲しいです。
多様なエンターテインメントがあふれる現代。どうすれば、より幅広い世代の人たちがアートや日本美術を身近なものとして、楽しむことができるでしょうか。塩澤さんと一緒に、従来の枠にとらわれない新しい美術館のあり方を探りませんか?
小布施バーチャル町民会議のプログラムの詳細や応募はHPをご覧ください。
写真:小林直博
聞き手・執筆:風音 (https://lit.link/funem)